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2008年度、教化事業報告 - 同朋部門 -

研修名称 ・『推進員前期教習

開催期日:200945日(日)午後130分~午前4まで

講  師:高瀬法輪

会  場:札幌別院大広間

参加人数:24

参加寺院数:8ヵ寺

スタッフ人数:8

 

報告・感想

 

去る4月5日(日曜日)、東本願寺札幌別院を会場に参加寺院は8カ寺、参加者24名にて前期教習を開催いたしました。

講師には今年度の真宗基礎講座の講師でありました無碍光寺前住職の高瀬法輪師をお迎えし、「推進員の心構え」をテーマにお話をいただきました。

後期講習を前提として参加される方や、住職に頼まれて参加された方など様々な参加者の中において、「推進員」についての認識の違いもあり、戸惑われている参加者も居ましたが、座談会や講義をとおし、推進員というもののあるべきすがたを参加者一同と語ることができました。

高瀬師は講義の中で、「推進員とは、自分に出来る範囲で目標を立てて、それが出来たらすでに仏法を推進しているのです。」と語られ、さらに「皆様がお寺で聞法する事や、お寺のお手伝いをすることもそのひとつである。」と、これから自ら何か特別な心構えをしてなっていくものではなく、お寺にご縁を持つ者が念仏を申す事の確認として推進員があると教えられました。

最後に、今回多くの御寺院から参加をいただきましたこと、各寺御住職のご協力の賜ものと感じております。この場を借りて御礼申し上げます。有り難うございました。今年度は組の教化事業としての後期教習は予定しておりませんが、来年度は開催させていただきますので、引き続き教化活動に対してご理解ご協力を賜りたいと念じております。

者:老松憲生


研修名称 ・『同朋の集い』

開催期日:2009年3月9日(月)午後1230分~10日午前1130まで

講  師:畠山明光師

会  場:定山渓温泉鹿の湯

参加人数:40

参加寺院数:16ヵ寺

スタッフ人数:16名

テーマ :「願い・いのち・誕生」

 

報  告

 

『願い・いのち・誕生』を講題とし、実体験を交えた上で我々が損得感情でしかものを見ることしか出来ない生活を送っていることを指摘され、損得を超えた命こそがわが身を支えて下さるということを話された。

また参加者からの「救いとは?」との質問にも懇切丁寧に答えられた。

班別の座談会では先生の話を聞いての感想や「自分にとって宗教とは?」を中心に話し合われ、皆、熱心に述べられて1時間半弱では足りないぐらいであった。

夜に行われた自由参加の全体座談会では例年よりも多数の参加者が来て下さり先生をはじめスタッフや参加者同士の交流がとても盛んに行われた。

 

 

・感想や反省点

他の事業が重なった為、参加者が例年よりも少ないことに多少の不安があったが、例年以上に盛況であったと思う。特に全体座談会では沢山の方に参加していただけたことがスタッフ一同何よりの喜びであった。

先生の話には皆、熱心に耳を傾け1人1人がそれぞれ自分の課題を見つけて自宅に持っていっていただいたような気がする。

反省点としては班分けのやり方や配布資料の記載ミスや説明不足などによる多少の混乱。その他、スタッフの参加者への配慮不足があり、来年度からは徹底した確認やミーティングの充実をめざしたい。

者:小川慈俊

研修名称 ・ 『真宗基礎講座Ⅲ』

開催期日 ・ 2009222日(日)午後1 4

講  師 ・ 吉田 法純 師(島松寺住職)

会  場 ・ 札幌別院

参加人数   ・ 57

参加寺院数  ・ 17ヶ寺

スタッフ人数 ・ 18

テーマ ・ 門徒の勤め- 月忌参りの意義・お寺の法要行事・帰敬式

 

報告・感想

 前日の悪天候のため、高瀬先生が京都よりお戻りになれないという連絡をいただきました。急遽、島松寺ご住職・吉田法純先生にご出講をご依頼させていただきました。吉田先生には、この場を借りてお礼申し上げます。

 ご講義の中で吉田先生から、「私たちの日常において大事は、健康であり経済、家庭円満であります。自分の都合によってお内仏に手を合わせている。それはつまりご本尊がはっきりしていないということである。」という指摘をいただきました。私は何のためにこの世に生きているのか、私がこのいのちを賜るとはどういうことなのか、問われ続けられていることを再確認させていただきました。座談会では、「月参りに来ていただいても、すぐお寺さんが帰ってしまう。」といった耳の痛いご意見や、「今まで当り前と思っていたことが課題となった。今度、自坊の住職に話してみよう。」といった感想を聞くことができました。三回の講座を通して、会場の手狭さや私たちスタッフの不手際など反省点はあります。そして足下の悪い中、連続講座に足を運ばれた参加者の皆さんの熱意を次回にいかしていきたいと思います。ありがとうございました。

報告者 ・ 岡田 稔也

研修名称 ・ 『真宗基礎講座Ⅱ』

開催期日 ・ 2009年2月8日(日)午後1 4

講  師 ・ 高瀬 法輪 師(無碍光寺前住職)

会  場 ・ 札幌別院

参加人数   ・ 65

参加寺院数  ・ 17ヶ寺

スタッフ人数 ・ 18

テーマ ・ 「お内仏の意義とかざり方」- お内仏のお給仕

 

報告・感想

 悪天候の中での開催でありましたが、多くの参加者で会場が手狭に感じられました。私たちにとって、もっとも身近なテーマである「お内仏のお給仕」について、高瀬法輪先生よりご講義をいただきました。ご本尊である「帰命尽十方無碍光如来」「南無不可思議光如来」から、何故私たちはお参りをするのか問われているという問題提起から始まりました。お寺は、教えを聞く場であり、教えを聞いて礼拝(教えに従う)すること、そのことが本願の招き・勧めでありますという先生のお話が、私自身もっとも印象的でありました。座談会では、助言の先生を交えて日ごろ感じている疑問を話し合うことができました。限られた時間でありますが、参加者全員が課題を共有できたこと、そこからまた聞いていける場をいただいた研修会でありました。

報告者 ・ 岡田 稔也


研修名称 ・ 『真宗基礎講座Ⅰ』
テーマ ・ 「真宗とは」- 私たちの真宗

開催期日 ・ 2009125日(日)午後1 4

講  師 ・ 高瀬 法輪 師(無碍光寺前住職)

会  場 ・ 札幌別院

参加人数   ・ 56

参加寺院数  ・ 17ヶ寺

スタッフ人数 ・ 18

 

報告・感想

 高瀬先生より「真宗に基礎ということはない。念仏のみです。」と講義の冒頭に述べられたことが私自身なにより印象的でした。ご門徒の皆さんに一人でも多く、参加していただきたいという願いが込められて「基礎講座」という名称になったと伺っていました。先生が「わかったということより、念仏をいただいていけるご縁が大切です。」と申されたことに、基礎講座の意義を改めて教えて頂きました。そのことは、座談会からも感じることができました。私が日ごろ当り前の事としていることが、座談会の中での問いかけを通して、いかに曖昧にしてきたかを痛感させられました。講義も座談会も時間が足りないような感じを受けましたが、次回の講座を楽しみにしたいと思います。最後に、受付を担当していただいた推進員協議会の皆様、ご尽力賜りましたことお礼申し上げます。

報告者 ・ 岡田 稔也



研修名称 ・ 『お待ち受け公開講演会』


テーマ ・ 「願生浄土の道」

開催期日 ・ 20081112日(水)午後1 4

講  師 ・ 楠 信生

会  場 ・ 北海道教務所2階講堂

参加人数   ・ 
87

参加寺院数  ・ 25ヶ寺

スタッフ人数 ・ 12



報告

 昨年と一昨年に引き続き、楠先生よりテキスト『宗祖親鸞聖人』にそって、第7 9章までのお話を頂きました。

 テキストの内容に入る前に御遠忌の意義を 親鸞聖人が念仏の教えを明らかにされたその御恩を報ずる法要であるとおさえられました。また、私たち一人一人が宗祖との出会いを確かめる御仏事であり、私たちが共に御遠忌をお迎えし、法要をお勤めすることによって、念仏の教えに遇うという開かれた関係が、僧伽であると教えて頂きました。

 テキスト第7章「民衆にかえる」では、「人に依らず、法に依れ」という教えから、親鸞聖人が法然上人という人格に依るのではなく、法然上人が説かれた法に依られているということが印象深かったです。このことは、私たちが常に人に依存してしまう危険性を明らかにして頂きました。また、逆に依存することを恐れて、「よきひと」との出会いを避けてしまうという問題も同時に指摘されました。その事から親鸞聖人は、越後での厳しい生活において、そのただ中に生きる人々と出会うことができました。そして、教えに立つことから出会いの場をいただき、越後の生活を歩まれたことを「親鸞一人がためなり」という法語を通して、お話くださいました。

 第8章「大悲に生きる」では、親鸞聖人が京都に戻らず、関東を目指された理由について、越後の人々との出会いを通して自らの使命となった「教えを伝えていくこと」であるとおさえられました。

「愚者」について、宮城顗先生の「愚かさとは、答えをもっているということです。」を引用されながら、自分の答えを振り回して自分を驕り、他者を見下す心について述べられました。次に「正定聚」について、正しく仏に成るに定まった聚(仲間)とおさえられ、助かる私たちと助ける仏とが、共に助かる道に立つことが大切であります。親鸞聖人が関東の地で浄土三部経を千部読誦することを捨てられたことを通して、教えて頂きました。「悪人正機」について、悪人こそ本願の正機であることをおさえられました。排除、どんなことをしても迷惑かけずにはおられない存在であること、親鸞聖人はそのことの自覚を痛みとして生きている、越後や関東の人々に出会い、問われ続けられました。その中から「念仏者は無碍の一道なり」(『歎異抄』第7章)を引用されながら、現代、懸命に生きながらも孤独で拠り所を見出すことができず、体一つ、仕事一つ失敗すると明日はないという生活をしている方々にまさに無碍の一道は、私たちの思いはからいが一向に邪魔にならないはたらき(念仏)であると教えて頂きました。

 最後に「願生浄土」について、1)浄土に生まれようと願う、2)願に生きる、願いに生きる、3)浄土を願って生きること、すべてが一つであるとおさえられました。そして、信國淳先生から頂いた「わかっても、わからなくていいから、お念仏申しなさい。そして、お念仏に育てられなさい。」という言葉と、「弥陀の名号となえつつ信心まことにうるひとは…」という親鸞聖人のご和讃を引用されながら、念仏によって信が育てられること、そして念仏を称える場としてお内仏があり、その願いに目覚めて仏の世界を求めていくところに、願生浄土の世界があると教えて頂きました。親鸞聖人90年の生涯に学ぶことを通して私たちに伝えられてきたことを確かめさせて頂く場が、750回御遠忌であるとまとめられて、今回の講演を終えられました。


 感想・反省

 年一度の短い時間の中で楠先生には無理をお願いして、テキスト『宗祖親鸞聖人』をもとに第1章から第9章にわたり、お話を頂きました。天候にも恵まれ、宣伝方法も再度確認を行い、平日に行ったこともあってか、多くの方々の参加がありました。御遠忌のお待ち受け事業であるためか私自身、緊張感のある公開講演会であったと思います。講演の中で出てきた「僧伽」の意義を再確認させていただいたことと同時に参加された皆さんとの関係を通して、今まで以上に私も御遠忌に主体的に参加する者の一人であることを実感することができました。

報告者 ・ 巖城 孝信

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